今年もまた、集落の桜が見事に咲きました。
一年前にも同じ場所から同じアングルで写真を撮りました。まるで定点観測のよう。また健康で春を迎えられたことをありがたく感じ、自然と手を合わせました。
桜の下にはお墓があります。写真を撮りに来る方の中には、お墓が写らなければ良いのにという声もあるようです。
今は火葬ですが、この辺りではかつては土葬が一般的だったそうです。ご遺体を石の台座に置き、みんなで木の周りを念仏を唱えながら何周も回り「最期のお別れ」をしたなんて話も、初めて伺いました。
人が生きて、死んで、木の一部となる。いつもそこにあり、見守っている。桜が咲くと、亡くなった方に会えた気がするそうです。そんな話を伺って、またこの桜の見え方が変わってきました。
合理化、効率化が合言葉の社会。ムダなものは切り捨てればいい。煩わしい意見は聞かなければいい。必要な要素でもあるけど、それだけでは、何かが狂うのでは。
今年は一段と、問いかけられているように感じました。







