引越しを控えて断捨離中の母から、23年前の新聞記事の写真が届きました。初めて音楽する私を広く知っていただいた思い出の一つです。
「音楽にかかわる仕事につきたい」
「音楽とは一生つきあっていきたい」
改めて記事を読んで、そんな風に17歳の自分が思っていたんだということが感慨深く、今ちゃんと思いが実現していることにも感謝と感慨を覚えました。
思い出したのは、確か記者さんは「怪我を乗り越えてピアニストを目指す高校球児」との記事を書きたかった。
私はその度に「ピアニストを目指すというよりは、ピアノや歌や自分の音楽を生かして人の役に立てる仕事がしたい」と答えていました。
取材中に何度も「将来の夢は?それはつまりピアニスト?」と聞かれて、その度に「そうなったなら嬉しいけど必ずしもピアニストだけを目指してはない」と都度答えていたかと思います。
当時の私にとっては、嬉しい日もつらい日もピアノに向き合ってきて、それがこれからも変わらず続いていくこと、できればその積み重ねが誰かや世の中の力になることが何よりも大事だったのだと思います。
実際にはいろいろなことがあって、いつでもピアノや歌や音楽が奏でられた道のりではなかったのですが。だからこそ、どんなに音楽が自分とって大切か気がつくことができました。
大丈夫だよ、その思いはちゃんと実現しているよ、と17歳の当時の自分に声をかけてあげたいです。
「今からは無理でしょ」「音楽では食っていけないよ」と反対する声をたくさんいただいたし、やらない理由、やめる理由はいくらでもあった。それでも自分の声を信じて本当に良かったです。
何より両親が「自分の中に眠っている音楽の力に賭けたい」という私の理屈抜きの“直観”を信じてくれたこと。そうでなければ、私はありのままの自分を生きることができなかったと思います。本当にありがとうございます。
そんな経験の一つ一つを、子どもたちや親御さんに、音楽の現場や学校で伝えていきたいと思います。
そして音楽があることで人の心があたたかくなり、世の中が今よりもっとあたたかくなるように。私にできることを積み重ねていきます。
当時と一つ違うのは、私が作曲した曲がまだ出会ったことのない誰かに広く深く届いてほしい、そして世界中の方と私の曲や音楽、演奏を通じてつながりたいという思いです。
私自身であり私の子どもでもある曲たちが、この世界に生きる誰かの生きる理由や力になり、幸せと笑顔が広がる力になってくれたら嬉しいです。
それが私の生きる意味にもなり、私が歩んできた道を肯定し、自分を信じて歩む一歩になっていくのだと思います。







