自問自答できる幸せ

※ご家族の許可をいただいて画像をお借りました。

本日の長野日報に、生徒さんが掲載されました!記事はシェア出来ませんが、もしお手元にありましたらぜひお読みください。

自分が載るのも嬉しいですが、生徒さんの頑張りを取り上げていただけてとても嬉しく思います!

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ここからは私の雑記です。↓

個人的には、大会主催者さまの「今の学びの方向性を評価した」とのコメントが嬉しかったです。

目先の結果にとらわれず、自然体で、でもスケールは大きく、その時その時の身体に合った無理のない発声を…と、いつも考えてきました。

そのような指導はコンクールとは相性が良くないのかなと感じていたので、「今の学びの方向性」について審査員の方が評価してくださったのは、私自身にとっても励みになりました。

これからも「未来に繋がる歌声」を研究していきたいです!

ソロのコンクールでも、合唱コンクールでも、賞を取るために身体や年齢に見合わない無理な発声をさせたり、声量を出すために地声で押したりという姿があるのが、ずっと気になっています。それって今の結果にフォーカスしすぎて未来を犠牲にしていないかなと…

特に合唱では「もっと大きな声を出しなさい」「上から下まで全ての音域をもっと鳴らしなさい」といった指導が公然とされています。

声帯も身体もまだ安定していない中学生の女子が、
「大人のアルト音域を無理に歌った結果、頭声とのバランスがとれなくなり元に戻らない」
「喉をつめて無理に高音を出して、声を壊してしまう」
など、合唱コンクールでの結果を求めすぎた弊害をたくさん見てきました。

その反対に、伸びやかに自由に表現して歌える子に対して
「周りに合わせて声を出しなさい」
「自分の声が飛び出して聞こえないように歌いなさい」
「ミスや粗の目立たないように歌いなさい」
といった個を均一化する指導や審査員の評価も、目先の結果や全体主義のために子どもの表現を奪う結果になっています。

コンクールが悪いということではなく、コンクールは音楽の一つの側面であって、全てではないということをもっと社会や学校の先生や指導者が考えてほしいです。

合唱や歌に関する考えは、たくさんあっていいと思います。周りと合わせることが合唱、合唱はバランス、確かにそれも大事な一つの要素だと思いますが、それが全てではないと私は思います。人やグループの数だけ、いろんな合唱があっていいはずです。

日本の教育は
「こうあるべき」
「もっと頑張りなさい!」
「周りと揃えなさい!」
が強すぎるように感じています。それは日本人が勤勉で真面目であることの裏返しでもありますが。

そして、他人との比較や競争は時には「負のコンプレックス」を生み、必ずしも幸せにつながっていないのです。

そんなことを感じながら、コンクールの現状や音楽教育のあり方に自問自答をしていた中で…

生徒さんがコンクールでも伸びやかに自分らしく歌い、審査員の方や主催者さまから自然で無理のない発声や学びの方向性を高く評価していただいたことが、指導者として勇気づけられ、やっぱり嬉しかったです。

子どもがどんな大人や指導者と関わるかというのはとても大事だと考えています。

本当にこれでいいんだろうか?という問いと内省は、子どもたちに関わる以上一生続いていくかと思います。もしその問いが消えてしまったら、私は子どもの指導に関わるべきではないです。

答えがないからこそ、向き合っていきたい。今できる最善を尽くし続けていきたい。改めてそう考えています。

音楽とは何か、合唱とは何か、歌うって何か。
教育の大事なことは、指導者として大事なことは…

そう自分に問いかける日々があるのも、一生懸命学んでくれるお子さんや親御さんがいてくださるから。

教え教わるは双方向であることを忘れずに、これからも人や出来事との出会いを大切に、みんなで学びあい、みんなで高めあっていきたいです。