新しいスタート

先日ですが、36歳になりました!

36歳の自分を想像したことはなかったけど、充実した歳を重ねてきたと、誇りに思います。

大学4年の卒業前、レッスンで「35歳までに芽が出なかったら諦めた方がいい」と言われたことを、今も思い出します。

私は芽を出したのでしょうか?

震災のときに、被災地の避難所で出会った方々の目を見て、どれだけ自分が自分の見たい世界しか見ていなかったか痛感したこと。

当たり前の日常が一瞬で失われ、家も家族も何もかもを失い、それでも必死に生きていた方たちのあの目。その時から、自分の音楽がハリボテのような、銭湯の壁に描かれた富士山のように感じてしまった。

今振り返れば、あれが私のターニングポイントでした。

人が生きるとは、どういうことか。なぜ私は生きているのか。以来ずっと、問いかけてきた。

そして、病むこと、失うこと、老いること、死ぬこと。別れ、孤独、悲しみ、怒り。今まで目を背けてきた人間であることの苦しみに、できるだけ足を踏み入れ、向き合ってきました。

それは大学生の頃に思い描いた華やかな舞台とは違う道だったけど、私は私なりの役目、私の生きる意味を見出したと今感じています。そしてやっぱり私は音楽する星の人間だった。

そういう意味で、私はいつの間にか、しっかり芽を出していました。袋に入れたまま放置していたジャガイモの如く(笑)この例え、富士見の人なら分かってもらえるかな(笑)

あとはちゃんとふさわしい場所に埋めてあげればいい。確信しています。でも芽かきはしないと芋が大きくならないので、そこはしっかり見極めたい(笑)すべてはこれから。

この数年は、思いがけず心ない仕打ちを受けたり、周りに疑われたり、手のひらを返されたり、という経験もしました。今までなかった経験で、自分を責めたり、疑ったこともあった。そしたら、人を責めて、疑ってしまった。でもそれもまた、ありがたい経験だったと思います。人のつめたさも、あたたかさも知ることができた。

その中で、自分の未熟さを知り、それは恥ずかしいことではないと知り、人間は失敗するものだから、未熟なものだから、お互い赦しあい、またそれも愛せばよいと心から思えた。

そして、人間はなるべく自分の見たい現実を見る生き物であること。真実はいろいろな角度から注意深く見なければ見えないこと。

たとえ真実が見えなくとも、真実を見ようと誠実に努力したものに、道は拓かれること。大切なことを学んできました。目を背けず向き合ってきた自分を、誇りに感じています。

すべての出来事に感謝して、すべての人に感謝して、信じて、愛する。やっと見つけた私の在り方を、これから大切にして歩みます。

今年は五黄の寅、年男です!

私はもともと内向的で自己表現の不器用なタイプと自覚したので、、、つい、黙ってしまう。本当の自分を隠してしまう。またオープンに、アウトプット、自己開示することを意識的にやっていこうと思います。

いつも長くなってしまう文章だけど、そんな自分も今は愛せるようになった。また、続きを書こう。