時間・労力をかけることの意味

「AIで歌を作曲するアプリ」を初めて知ったのは、先日の国立音大のオープンキャンパスの模擬授業でした。

ミスチル風とかAKB風とか指定できて、数秒待つだけでポンっとできちゃう。ドラえもんの世界か!って驚くとともに、自分の作曲の概念と全く違うことに衝撃を受けました。

2年前に、富士見小学校の当時の三年生たちと歌を作る授業をしました。子どもたちが「この歌は自分たちで作った!」と実感できることにこだわったので、詩も曲も手助けは最小限。

私としては和声や文脈的にはこうした方がよいと思っても、子どもたちがいいと思う歌詞やメロディを優先することも随所にありました。

何ヶ月もかかったし、ゼロから作るのはすごく大変だったと思います。ただ、私には断片だったメロディや歌詞が繋がって一つの曲ができて、初めてみんなで歌った時の子どもたちの興奮が忘れられません。

ギャー!と悲鳴と歓声の入り混じったような声が上がって、立ち上がって踊り出す子がいたり。「やったぞ!」ってみんなの顔に書いてありました笑 きっと一生振り返ることのできる出来事になるんだと思います。

AIによる作詞や作曲がいい、わるいということではなく、この記事のように、デジタルの良さ、アナログの良さ、人間ができること、人間だからできることの意味を考えるツールになってほしいですね。

効率化とかタイパ・コスパとか言われて当たり前な世の中ですが、だからこそ時間をかけることはすごく贅沢で豊かです。

日野原重明さんのある本に「いのちとは、時間です」とあって衝撃を受けたことがあります。誰も自分の砂時計にどれだけの砂が入っているか、あとどのくらい残っているか知らない、とも。

時間をかける、エネルギーをかけるってことは、命を注ぐことなんですよね。

私自身も、自分の命=時間をどう使っていこうかというのは最近よく考えることです。私にしかできないことってなんだろう。

ほとんどのことは機械やテクノロジーでできてしまう世の中になったとしたら。
最後に残るものは心と感性…

自分の時間を生かすためにも、効率化できるところはして、効率化してはいけないところを見定めて、日々問いを持って考え続けていきたいです。