カワイの工場見学のもう一つの目的は、500型グランドピアノ(No.500)について学びたかったからです。
今回購入した1950年製のカワイNo.500に出会えて最初に感じたことは、並々ならぬ「気概」でした。
ピアノリレーの時はピアノの歩んできた物語をむしろ大切にしているのですが、今回は中古での購入でした。一応いろいろ尋ねてみたのですが、「中古ピアノの出所を明かすことは業界のタブー」とのことで全く手掛かりがありません。
どのような方が購入されて弾かれていたのか。75年経ってもコンディションを保ち続けているだけでも奇跡とも思えます。せめて整備記録や購入時のカタログなどあればよかったですが、そのような情報が辿れる道は徹底的に処理されていました。
戦後5年にピアノを購入できる方は、本当に限られていたと思います。でも辿ることは諦めることにしました。
500型グランドピアノ(No.500)は、カワイが戦後最初につくったグランドピアノ。カワイにとっても日本にとっても、歴史に残るピアノです。
竜洋工場にはNo.500も展示されているとの情報があり、手がかりを探しにいきました。
軍需工場からの再出発
展示してあったNo.500は資料室にはなく、状態もよくないためか一般の方の目に触れない場所にありました。そこを目ざとく発見し(笑)、お願いして見せていただきました。
まさしく、私のピアノと同じ型。製造番号からはむしろ私のピアノの方が古いものでした。
受付の方に聞いたところ、戦時中はカワイの工場は戦闘機のプロペラや翼をつくる軍需工場となったそうです。
資料室の展示などから総合すると、終戦後は職人も離散しており、物資も設計図も失われた状態。再興の過程でも火事で工場が焼けてしまうなど、苦難の道のりだったそうです。
そんな中ついに完成した、カワイ500型グランドピアノ。カワイの創業者である河合小市さんの不屈の意志というか執念というか、ピアノづくりにかける想いがなければ生まれて来なかったピアノだと思います。
私がピアノから感じた気概も、当時の職人さんや河合小市さんの魂がピアノに宿っているからだと感じました。当時は河合小市さん自らピアノづくりに携わり、出荷前には品質の確認をしたそうです。その魂と想いは75年も受け継がれて、今私がバトンをいただいたのだと改めて感じました。
多くの方にとっては何でもない古いピアノだとしても、私にとってはかけがえのないピアノです。ピアノを通じて河合小市さんや当時の職人さんと出会えたように感じています。
消費されるコンテンツではない、魂のこめられた仕事を
No.500について学ぶ中で、私だったら戦中戦後のとてつもない逆境を乗り越えてピアノをつくることが出来ただろうかと何度も考えました。
おそらく今の私なら諦めてしまったと思います。今を生きる私がぬるま湯の中にいるような、そんな気持ちになりました。
河合小市さんは1955年に亡くなっているので、戦後のピアノづくりの再興が河合小市さんの最後の仕事になったとも言えます。
ピアノと出会った時から少し感じ始めていたのですが、改めて「音楽に、仕事に、生きることに魂を込めなさい」と言われているように感じました。
今、多くの日常が娯楽的、消費的なコンテンツとなってしまったように思います。それが一概にわるいということではないですが、より本質的なことに向き合う姿勢は薄くなっていると感じています。
SNSやYouTubeを見ていても、中身のない消費的投稿、キャッチーで分かりやすい投稿ばかりが目につきます。そして実際に注目を浴びるのでそっちに引っ張られていく。
私自身もそうした現代の中で揺れ動きながら、こうしてSNSを更新したり、市場の中で買ったり買われたりしています。でも、私自身は消費されるコンテンツにはなりたくない、そうしたくはないと改めて確認できました。
「誰かに消費されるのではない、魂のこもった仕事を。」
No.500が、河合小市さんが、時代を生き抜いた職人さん方が、ピアノとなって生き続けている木たちが、音を通じて語りかけてくださっているように感じます。
私は先日40歳になりました。30代の10年間はいろいろなことがありましたが、いい人生を歩んできたと自信を持って言えます。そしてその10年の節目に、とてもよい出会いをいただきました。気持ちを新たに向き合っていきます!










